新春の栃木路へ 《宇都宮編》 [関東]
栃木路リポートの最終回です。
JR日光駅から日光線に乗って宇都宮駅に到着しました。
宇都宮駅は東北新幹線、東北本線(宇都宮線)、日光線のほか、烏山線の多くの列車の始発駅でも
あります。烏山線は今も非電化ですが、3月15日のダイヤ改正から、蓄電池駆動電車EV-E301系なる
聴き慣れない形式の新型車両1編成が導入され、いずれ気動車全8両がこれに置き換えられるようです
ね。つまり、キハ40形の見納めも近い将来やってくるということですね。
この日は駅で撮っただけですが、改めて烏山線を訪ねる旅に出る必要がありそうです。
写真は、宇都宮駅にいた、旧国鉄一般色のキハ40 1003と首都圏色のキハ40 1005の2両編成でした。
キハ40 1005を先頭にして、もう1枚。
宇都宮と言えば、餃子。宇都宮の餃子と言えば、駅前の餃子像。ってこともないかもしてませんが、
記念に1枚。5~6年前に、東口から西口に移す際にクレーンから落ちて真っ二つに割れたという
ニュースが当時話題になりましたが、今は、西口にちゃんと“鎮座”していました。
宇都宮駅に着いたのが13時7分。ちょうどお腹も空くタイミング。で、向かったのはやっぱり餃子の店。
西口の駅前にあった「宇都宮餃子館 駅前中央店」に行ってみることにしました。
通は、餃子だけを注文するのでしょうけど、通ではない私は、邪道かもしれませんがランチ限定の餃子
と半ラーメンと唐揚げのセット。それにビール。いやぁ、旨かった。我が家には、8個入り500円の冷凍
餃子を2パック買って帰りました。
のセット。
お店の前にある、スタミナ健太くんの像。タレントなどが来た際にはここで皆、記念写真を撮っているよう
なので、私も一枚。
宇都宮の餃子ですっかり満腹になった後は、食後の運動代わりに、15分ほど歩いて宇都宮城址へ。
宇都宮城の歴史は古く築城は平安時代だとか。鎌倉時代から戦国時代にかけては宇都宮氏の居城
となり、その後関ヶ原の戦いをはさんで浅野氏、蒲生氏、奥平氏が城主となります。そして、1619年に
本田正純が入城。正純は2年余りをかけて宇都宮城と城下を大幅に改修し、近代都市の礎を築いた
そうです。正純はその後残念ながら失脚。以降は奥平・阿部・戸田氏と城主が入れ替わり維新を迎え
ます。
1868年には戊辰戦争の戦地となり、そこで城の建築物や城下町の多くは焼失してしまったそうです。
その後、昭和40年代には堀もすべて埋め立てられ、南西の隅に、外側を新しい石垣で覆われた
土塁の一部が味気なく残るだけでしたが、2007年までに富士見櫓、清明台、土塀、水堀などが
復元され、関東7名城と言われた宇都宮城をしのぶことが出来るようになりました。
写真は、清水門跡付近から見た、清明台と本丸北側の土塁、堀です。
これも、清明台と堀。
本丸西側の堀、土塁、及び土塁の上に復元された土塀です。
二ノ丸の跡にある、みどりの小径。この真ん中あたりを左右に横切る感じで、外堀と土塁が
あったそうです。
木造2層の富士見櫓。
富士見櫓付近から見た、本丸西側の堀と土塁と土塀。
本丸広場。
本丸側から見た清明台。
本丸のほかに、市内には大手門跡をはじめ、碑の建つ場所が数か所あるようですが、時間の限りの
ある中で、少し歩いてみましたが見当たらず、ここで退散しました。
そして、宇都宮15時31分発のE5系やまびこ58号で帰途へ。大宮に15時58分着。当初の予定通り
16時半に自宅着。
日帰りで、しかも家を7時過ぎに出て16時半には家に戻る、という時間の割には、かなり充実した
旅行になりました。
やっぱり、鉄道で移動するのが楽だし、確実ですね。ますます、マイカーでのドライブはしなくなりそう。
ということで、栃木路の旅、お付き合い頂き、ありがとうございました。
JR日光駅から日光線に乗って宇都宮駅に到着しました。
宇都宮駅は東北新幹線、東北本線(宇都宮線)、日光線のほか、烏山線の多くの列車の始発駅でも
あります。烏山線は今も非電化ですが、3月15日のダイヤ改正から、蓄電池駆動電車EV-E301系なる
聴き慣れない形式の新型車両1編成が導入され、いずれ気動車全8両がこれに置き換えられるようです
ね。つまり、キハ40形の見納めも近い将来やってくるということですね。
この日は駅で撮っただけですが、改めて烏山線を訪ねる旅に出る必要がありそうです。
写真は、宇都宮駅にいた、旧国鉄一般色のキハ40 1003と首都圏色のキハ40 1005の2両編成でした。
キハ40 1005を先頭にして、もう1枚。
宇都宮と言えば、餃子。宇都宮の餃子と言えば、駅前の餃子像。ってこともないかもしてませんが、
記念に1枚。5~6年前に、東口から西口に移す際にクレーンから落ちて真っ二つに割れたという
ニュースが当時話題になりましたが、今は、西口にちゃんと“鎮座”していました。
宇都宮駅に着いたのが13時7分。ちょうどお腹も空くタイミング。で、向かったのはやっぱり餃子の店。
西口の駅前にあった「宇都宮餃子館 駅前中央店」に行ってみることにしました。
通は、餃子だけを注文するのでしょうけど、通ではない私は、邪道かもしれませんがランチ限定の餃子
と半ラーメンと唐揚げのセット。それにビール。いやぁ、旨かった。我が家には、8個入り500円の冷凍
餃子を2パック買って帰りました。
のセット。
お店の前にある、スタミナ健太くんの像。タレントなどが来た際にはここで皆、記念写真を撮っているよう
なので、私も一枚。
宇都宮の餃子ですっかり満腹になった後は、食後の運動代わりに、15分ほど歩いて宇都宮城址へ。
宇都宮城の歴史は古く築城は平安時代だとか。鎌倉時代から戦国時代にかけては宇都宮氏の居城
となり、その後関ヶ原の戦いをはさんで浅野氏、蒲生氏、奥平氏が城主となります。そして、1619年に
本田正純が入城。正純は2年余りをかけて宇都宮城と城下を大幅に改修し、近代都市の礎を築いた
そうです。正純はその後残念ながら失脚。以降は奥平・阿部・戸田氏と城主が入れ替わり維新を迎え
ます。
1868年には戊辰戦争の戦地となり、そこで城の建築物や城下町の多くは焼失してしまったそうです。
その後、昭和40年代には堀もすべて埋め立てられ、南西の隅に、外側を新しい石垣で覆われた
土塁の一部が味気なく残るだけでしたが、2007年までに富士見櫓、清明台、土塀、水堀などが
復元され、関東7名城と言われた宇都宮城をしのぶことが出来るようになりました。
写真は、清水門跡付近から見た、清明台と本丸北側の土塁、堀です。
これも、清明台と堀。
本丸西側の堀、土塁、及び土塁の上に復元された土塀です。
二ノ丸の跡にある、みどりの小径。この真ん中あたりを左右に横切る感じで、外堀と土塁が
あったそうです。
木造2層の富士見櫓。
富士見櫓付近から見た、本丸西側の堀と土塁と土塀。
本丸広場。
本丸側から見た清明台。
本丸のほかに、市内には大手門跡をはじめ、碑の建つ場所が数か所あるようですが、時間の限りの
ある中で、少し歩いてみましたが見当たらず、ここで退散しました。
そして、宇都宮15時31分発のE5系やまびこ58号で帰途へ。大宮に15時58分着。当初の予定通り
16時半に自宅着。
日帰りで、しかも家を7時過ぎに出て16時半には家に戻る、という時間の割には、かなり充実した
旅行になりました。
やっぱり、鉄道で移動するのが楽だし、確実ですね。ますます、マイカーでのドライブはしなくなりそう。
ということで、栃木路の旅、お付き合い頂き、ありがとうございました。
お休み中ご訪問ありがとうございました。やっと普段のペースになりました。
by takenoko (2014-01-22 04:44)
宇都宮城址は少し前までスケート場がありました。
私の小学校時代の遊び場でしたよ。
この宇都宮城址の近くにサックスプレーヤーの渡辺貞夫の実家があります。
烏山線は私も近々行ってみようかと思ってます。
by ミスター仙台 (2014-01-22 09:58)
やっぱり宇都宮と言えば餃子ですね^^
by まー坊 (2014-01-23 19:00)
日光、そして宇都宮と巡った栃木旅、
鉄的にもいろんな車両が見られて、
堪能させていただきました(^^)
烏山線のキハは、ツートンとタラコという
国鉄色コンビが見られてよかったですね!
宇都宮と言えば餃子ですが、
やはり餃子だけでは物足りないので
いろいろ食べたくなっちゃいますよね〜(笑)
by あおたけ (2014-01-23 19:48)
宇都宮餃子に宇都宮城、誠に羨ましい限りです。それがしも行って味わいたいス。
by ノリパ (2014-01-25 16:17)
宇都宮餃子は食べるのなら、JRと東武宇都宮の間の
ラパーク(ドンキ JRから徒歩15~20分程度)
地下の「来らっせ本店」、
持ち帰りならJR宇都宮駅の来らっせパセオ店(JR駅ビル)
をおすすめします。
by sakana (2014-01-25 20:23)