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【日本100名城】駿府城へ [東海]

先月、青春18きっぷを利用し、東海道線の普通列車に乗って、静岡市にある駿府城に行って
みました。
まずは、東京駅8時3分発の普通列車に乗って小田原に着くのが9時52分。そこで、9時58分発の
普通列車に乗り換え、静岡駅に着くのが11時15分。3時間強も鈍行に揺られて、ようやく着き
ました。ひかり号なら1時間強。さすがに新幹線は早いですね。

さてその駿府城。いわずと知れた、徳川家康の城です。築城は1585年とも1588年とも言われて
いて、詳細不明のようですが、いずれにせよ、徳川家康が今川氏の居館後に築城しました。
1590年の小田原攻めの後は、駿府を離れ、江戸に移りますが、将軍職を秀忠に譲り、隠居の
身として、1607年、再び駿府に戻ります。そして、全国の大名に命じて、三重の堀と7階の天守閣
を持つ城に大改築しました。ちなみに天守閣は火事で1635年に焼失して以降は、再建されることは
なかったそうです。

それでは早速、城跡を訪ねましょう。
こちらは、三の丸南側の堀(外堀)です。外堀は約3分の1は埋め立てられていて、南側と北側、
西側に今も残っています。
ちなみに、駿府城の石垣は、2009年8月の地震で三の丸堀(外堀)と二の丸堀(中堀)の数か所で
崩落しましたが、今はすっかり修復されています。
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名古屋城へ ~日本100名城~ [東海]

先日、と言っても、もう2週間以上前の話ですが、仕事で珍しく名古屋に行く機会があり、その際に
仕事の合間をぬって、日本100名城の1つ、名古屋城に行ってきました。

名古屋城と言えば、言わずと知れた尾張徳川家の居城。徳川の時代になった1609年、豊臣家をはじめ
とした西国大名への備えとして家康が築城を決め、翌1610年に2代将軍秀忠が、前田利光、加藤清正、
福島正則、黒田長政、細川忠興、池田輝政など、豊臣恩顧の西国20大名に命じて築かれたお城です。
元々は駿河の今川氏、そして織田信長の父、信秀が居城としていた那古野城があった場所です。
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それでは、天下の名城、名古屋城を順に見ていきたいと思います。

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山中城へ (日本100名城) [東海]

もう1ヵ月近く前ですが、1月9日、静岡県三島市にある、日本100名城の一つ、山中城跡に行って
きました。山中城は、永禄年間(1560年代)に小田原北条氏が築いた城で、天正18年(1590年)に
秀吉軍の総攻撃を受けて落城しました。
その後、城として使われることもなく、結果として、約400年前の遺構がほぼ当時のままに復元された、
中世の山城としては非常珍しく貴重な存在です。
戦国末期~江戸期の、大きな水堀や石垣に囲まれた壮大な城とも違い、また建物は何も残って
いませんが、それでも、いかにも戦国時代らしい、戦闘用に造られた山城を堪能することのできる
城址です。特に、見所は、尾根を切って築いた曲輪、そして、実用的であり芸術的でもある、山中城
ならではの堀です。その形状から、畝堀、障子堀と呼ばれてます。
下の写真は、そのうち、西の丸周辺の障子堀です。
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家康が築いた城、浜松城 [東海]

あけましておめでとうございます。
昨年は、天災にはじまり、天災に終わったような1年でしたね。

明けて2012年。人に希望をもたらす年になってくれることを信じ、希望します。
ちなみに今年、私は4回目の年男になります。自分自身、龍のごとく、力強く生きていきたいですね。

前置きが長くなりましたね、失礼。

12月20日、珍しく、仕事に浜松に行く機会を得ました。仕事を終えた後、1時間弱の余裕があったので
浜松城に行ってきました。
浜松城は、1570年に徳川家康が築城しました。家康が17年間居城した後、主に譜代大名が次々と
城主となり、そのまま幕末まで続きます。天守閣は昭和33年に再建したものですが、天守台をはじめ
とした石垣は、家康築城時のままという野面積みの、非常に貴重なものです。
それでは、写真でご覧ください。
まずは、再建された天守閣です。
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松阪~津~四日市 (伊勢にある江戸の街並) [東海]

またまたレポートが遅くなりましたが、8月21日、三重県の松阪、津、そして四日市に
出張してきました。相変わらずの暑さの中を。

まずはその日の朝、東京発7時10分の新幹線に、眠い目をこすりながら乗車。
名古屋で近鉄特急に乗り換え、松阪に到着。

松阪、というと、「松阪牛」というイメージばかりが先行しますが、行ってみて
初めて知りました。とても、江戸の香りを残した、城下町の面影がよく残っている、
素晴らしい街だということを。松坂駅から松坂城跡に向かう、その周辺には、
いろいろな当時を偲ぶ史跡が並んでいます。

例えば、あの、巨大財閥の1つ、三井家発祥の地。中には入れませんが、
雰囲気は十分。
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そのすぐ近くには、松阪商人の館。これもなかなか魅力あります。
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そして、その周辺の通り。まるで、時代劇の1シーンのようです。
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松阪城跡には、建物は現存していませんが、石垣は綺麗なままに残って
います。歴史を感じるには十分なスポットかな、と思います。
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城跡のすぐ近くには、御城番屋敷という、江戸末期に松阪城の警護に
あたったき紀州藩士が暮らしてた、という武家屋敷が現存してます。
しかも驚いたことに、左右に分かれて計19戸あるうちの12戸は、今も
普通に人が住んでいるんです。すごいですよね。また、1戸は公開されて
いて、当時の暮らしぶりをうかがうことができます。
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(石畳の両側に屋敷があります。正面が城跡です)

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(公開されてる1戸です)

このほかにも、本居宣長の旧宅、岡寺山継松寺など、歴史的価値ある
建物が点在していて、松坂はまさに街全体が資料館のような街だということ
を知りました。であれば、この街の魅力を、もっともっと全国にPRできれば
いういんでしょうね。

この後は、津へ。津でも、仕事のあと、毎度毎度の城跡へ寄ってみました。
津城は、築城の名手と言われた藤堂高虎の建てた城として有名です。
城内は公園としてよく整備されているほか、隅櫓が復元されています。
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(津城隅櫓)

また、藩校有造館の正門の入徳門が移築されています。
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(入徳門)

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(石垣と水掘)

現存する遺構はないし、規模も大きくないので、訪れる人も少なさそうでしたが、
行く価値は十分あると思います。

そしてこの日、最後に寄ったのが四日市。四日市にはお城もないようだし、
特にどこにも寄りませんでしたが、一つ目についたのが、駅のすぐ近くに
あり、近鉄に乗ってると車窓からも見える位置にある、クリスマスの装飾の
ラブホ。思わず、写真を撮ってきました。
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この独特の、サンタクロースの出迎えるホテル、四日市出身の人に聞いた
ところ、地元でもかなり有名なんだとか。垂れ幕には、「ビジネス客歓迎」
とか書いてありましたが、さすがにビジネスでは利用しずらいですね。
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ちなみに料金は4,900円~。ということは、一時期話題になった、野球選手
とアナウンサーが利用した東京目黒のラブホのちょうど半額です。
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今回は歴史の話から、最後は品のない話になってしまいました。
さて、お土産に買ったのは、「松阪牛せんべい」。
久しぶりの三重だったので、最初は、赤福にしようと思ったのですが、
ちょっと荷物が重かったので、軽めのものにしました。
有名なお菓子なのかわからずに買いましたが、案外、うちの子供達には
好評でした。
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次に三重に行く機会があれば、今度は赤福を買ってきたいと
思います。

しかし、暑い中、取引先やお城を訪問したので、名古屋に戻ったあたり
にクタクタ。やっぱり夏の出張はキツイですね。
毎日出張のみなさん、ご苦労様です!




名古屋 (滞在時間はわずか) [東海]

7月25日、名古屋へ出張。
但し、この日は、9時半に名古屋に着いて、14時には名古屋を出発という
短時間の滞在で、しかも、名古屋にいる間も、3箇所の移動があったので、
名古屋を楽しむ余裕は全くなし。

なので、今回は珍しく、土産も買わずに、東京に戻りました。

その中で、唯一の休息が、名古屋駅での昼食。
太閤口側の駅ビル1階のレストラン街にあった、「麺・酒処 和」という店に
入って、名古屋らしい、きしめんとみそカツ丼のセットを注文しました。
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きしめん、って、あの平べったい形状が、何ともうまく舌に乗るような
感じの食感が良いですね。ラーメンもそばもうどんも美味しいけど、
きしめんも捨て難い。
変な話、将来、死ぬ間際に、最後に食べたい麺は、と聞かれたら、思わず、
きしめん!と言ってしまうかも...
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ただ残念なこともあった。
私を含め、まだ食事中のお客がいるというのに、空席を使って、何やら撮影を
始めた。それも、本格的に、スタッフが何人も入ってきて、三脚やら、
でかいカメラやらをセットし始めた。
正直、飲食店のくせに、お客が食事しているにもかかわらず、バタバタ撮影の
準備を始めるなんて、何てサイテーの店だろう、と思ったね。

これからも名古屋に行くことはあると思うけど、この店だけは、
絶対に行きたくないですね。感じ悪いから。

みなさんも、この店は止めたほうがいいですよ!



名古屋~大垣 (ういろを買って初めての700系) [東海]

20日、日帰りで名古屋、そして大垣へ。

この日は、本当にタイトなスケジュールで、あまり行く先々を楽しむ
余裕はなかったです。

まずは、8時ちょうど発ののぞみで、東京から名古屋へ。
その後、栄付近で10時過ぎからの会議に出席して、終了したのが13時20分。
先があるので、急ぎ名古屋駅に戻り、昼食。せめて、食事だけでも名古屋に
来た気分を味わおう、ということで寄ってみたのが、太閤通口の地下街「エスカ」
にあった、なごやめん処やぶ福という店。そこで注文したのが、ランチメニューの
中から、味噌カツ丼ときしめんの半々セット。900円也。
夜は居酒屋と化す店のようでしたが、昼のセットは値段も味もまずまず。
名古屋に来たぞ、という気になれました。

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ここから、東海道線に乗って大垣へ。
着いた頃には、雷雨なのか、ものすごい雨。
せっかくの機会なので、再び大垣城を見学しよう、と思っていたのに、それは
事実上適わず。タクシーの運転手さんに近くで待っててもらって、急いで写真を
数枚撮るにとどまってしまった。

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(傘をさしながら撮影した、大垣城復元天守)

ここでも打合せをして、終わったのが16時過ぎ。急ぎ大垣駅に戻り、
新快速で名古屋に向かい、名古屋から17時半発ののぞみに乗って
東京へ。東京へ着くと、そのまま会社に向かって、ひと仕事。う~ん、
本当に忙しい一日だった。

でも、一つ良かったのが、帰りののぞみ。昨年の7月1日から走り始めた
N700系に、初めて乗ることができた。
従来の700系に比べ、確か10mmしかシートの幅は広くなっていない
はずだけど、とてもゆったり座れる感じ。1ランク上の列車に乗せて頂いた
ような錯覚すら覚えた。次からは、N700系のダイヤに合わせて、出張の
行程を組むことにしよう!
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(東京駅にて)

さて、今回の土産は、帰りの名古屋での乗り換え時に買った、
「大須ういろ」。どっちにしようか迷ったけど、今回は青柳ういろうではなく、
なく、大須ういろ、の2本セットを買ってみた。
お茶の味のういろ、と小豆味のないろ、の2本セット。なぜ、ないろ、と
言うのかは、昔から疑問だったけど、未だに知りません。
名古屋のういろ(ういろう)は、あまりにも有名だし、私が味についてとやかく
言う必要もないのですが、やはり、無難というか、間違いないというか、
名古屋に行ったら、ういろう、と思います。

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さて、今週は、月曜に、盛岡~仙台、木曜に金沢~富山に出張の予定。
はたして、どんなお土産があるか、今から楽しみです。
では、おやすみなさい。

岐阜~大垣 (城跡と金華山からの眺望y) [東海]

2月25~26日、仕事で、岐阜、大垣、京都、大津、奈良、と、いつものとおり忙しく
動き回ってきた。

最初の目的地が岐阜市。小学生の頃に、親に連れられて来て以来なので、約30年振り。
その時の記憶はほとんど残っていないが、山頂からの眺めが素晴らしいという金華山に
立ち寄る時間がありそうだったので、非常に楽しみにしていた。

金華山の麓にある岐阜公園には、岐阜駅からバスで10分程度で到着する。そこで、ロープウェイ
に乗って山頂駅に向かう。このロープウェイ、わずか3分程度の乗車時間ながら、料金は
それなりに高く、往復で1,050円もする。
ただ、この日は、たまたま岐阜駅にあった岐阜市観光案内所で、バス停の場所を聞いた際に、
100円の割引券を頂いたので、950円ですんだけど。ここに限らず、旅行に行くと、駅やホテル
などで、乗り物や博物館などの割引券をおいているのをよく目にする。これも何だか不公平な
気がしませんか。事前によく調べもせずに駅やホテルで、観光スポットを聞いてきた人には割引券
が渡され、旅行雑誌などで十分に調べた上で現地に直行した人は正規料金を払うことになる、
というのも。であれば、いっそのこと、全員を割引料金にする、つまり値下げする、というのが
筋ではないかと、そう思ってしまう。

前置きが長くなってしまったが、とにかく、ロープウェイに乗って、山頂へと向かった。
ちなみに、麓のロープウェイ乗り場付近は、織田信長の居館跡として整備されていて、
15分間隔で運転されるロープウェイの待ち時間に見学するのにちょうど良い。
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(織田信長居館跡。周辺には他に、信長像、板垣退助像なども)

山頂には、斉藤道三や織田信長の居城として有名な岐阜城(旧稲場山城)がある。
標高329mの山の上にそびえる天守閣は、それだけで絵になる感がある。
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(岐阜城復興天守閣)

ここでは、200円の入場料を支払って、天守閣の中へ。中には、岐阜城に関連する資料などが
展示してあるが、なんと言っても、見所は最上階からの景色。眼下に拡がる街や川を見ていると、
自分がまるで空の上から地上を見下ろしている、と錯覚してしまうほどの絶景である。
また、運よくこの日は、ほとんど雲一つ無い晴天だったこともあり、遠く名古屋のほうまで見渡すこと
ができた。
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(中央の川は長良川。左手の橋が長良橋。橋の右手付近が鵜飼いで有名な場所)
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(中央の山が伊吹山。左手前が岐阜市街地)
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(中央を流れるのが長良川。手前の橋が鵜飼い大橋。ほぼ正面の山が御嶽山で、その右が中央アルプス)


時間があれば、もう少しゆっくり、この金華山からの大パノラマを堪能したいところであったが、
打合せの時間が近付いたため、急いで下山し、岐阜公園を後にした。

岐阜での仕事を終えた後、次に向かったのが大垣。
ここは奥の細道の最終の地として有名、ということではあるが、(月曜だったせいもあってか)
駅前から続く商店街にはシャッターを下ろしている店も多く、何とも侘しい感じのする街だった。
その街の中心部に、関ヶ原の合戦の際の一つの要衝の地でもあった、大垣城跡がある。
かつては3重の堀に囲まれた壮大な城があって、その天守閣や櫓が現存し、国宝にも指定されて
いたそうであるが、残念ながら昭和20年の戦災で焼失したとのこと。
現在は、本丸のみが整備されて、天守閣や櫓、門の一部も再建されているが、周囲には堀すら
なく、大垣藩10万石の城としては何とも物足りない感じがする。
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(大垣城復元天守閣)

大垣城




大垣で仕事を済ませた後、京都に向かい、そこで、この日は宿泊した。翌日を含め、関西での
道中については、改めて記事にする事にしたい。

名古屋 (テレビ塔と名古屋城) [東海]

1日、朝7時13分東京発の新幹線に乗って名古屋へ。
朝早かったから、一日中眠かった。

名古屋には久しぶりに行ったけど、相変わらず、暑いなぁ、という印象を
まず受けた。東京が少しずつ涼しくなってきてるのに、名古屋はまだまだ
真夏!って感じ。
そんな中、栄を歩いていて目に入るのがテレビ塔。小学生の頃、今から30年
程前に一時的に名古屋に住んでいた時期があって、その時には、東京タワー
に比べると大したもんではない、って思ってたけど、久しぶりに見るテレビ塔は
むしろ、駅ビルができ、高速道路ができ、名古屋ドームができ、名古屋もどん
どん変わってるけど、それをずっと見下ろしてきたんだぞ!今でも名古屋の名物
の一つだぞ!とでも言ってそうな貫禄と雄大さがあると思った。
今度時間がある時に、上ってみたいな。
(今も昔と変わらぬテレビ塔)

その後、名古屋城の周辺を少し歩いてみた。テレビ塔も立派だけど、
やっぱり名古屋のシンボルは名古屋城だな。天守閣を遠くに見る
その景色は、「美しい」とすら思える程の雄姿だと思う。
そんな名古屋城の付近で目に付いたのが下の写真。
地下鉄の「市役所前」駅の入口。一瞬、本物のお城の遺構の一つ
かと見間違えるほどの、凝ったつくりになってる。
東京や大阪でも、こうやって、その町、その地域の雰囲気を
現した入口を作れば、殺風景な地下鉄の入口が、街の雰囲気を
変え、むしろ名所の一つになったりするのに。

今回は時間に余裕がなかったし、地下鉄を使っての移動だった
から、名古屋らしいところをあまり見れなかった。次回は、
レンタカーを借りて、もっと、名古屋を楽しんでみたい、が
今日の感想です。


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