浜離宮恩賜庭園の紅葉 [関東]
先日、と言っても、もう2週間ほど前ですが、東京都中央区にある浜離宮恩賜庭園に行ってきました。
ここは、いわゆる大名庭園というやつで、元々は将軍徳川家の鷹狩場だったこの地に、1654年、
四代将軍家綱の弟で、甲斐国府中藩主の松平綱重が、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を
建てたそうです。
綱重は35歳の若さで兄より先に亡くなったそうですが、その後綱重の子、綱豊(家宣)が六代将軍と
なったのを契機に将軍家の別邸となり、「浜御殿」と呼ばれるようになったそうです。
以後、将軍家によって度々改修され、11代将軍家斉の時代のほぼ現在と同じ姿の庭園が完成しました。
庭園とはいえ、江戸城の出城としての役割も兼ね備えていて、行ってみると確かに、今も都内に点在する
大名庭園とは異なり、かなり、城塞に近い構造になっていました。
まずは、新橋駅方面から来ると、ここに出ます。築地川に架かる大手門橋から、浜離宮の北側を。
これを見ただけで、庭園というより、城の堀と石垣、と思いますよね。
大手門の石垣。これも立派です。かつては枡形の門でしたが、石垣の一部が撤去されたそうです。
延遼館跡。
中の御門跡。かつてはここにも石垣による門と橋がありましたが、橋は関東大震災でなくなり、石垣
は昭和2年に撤去されてしまったそうです。
園内ではあちらこちらで、水を通す小さな「堀」と「石垣」が見られます。
潮入の池の周囲の土塁。いやぁ、城址っぽいですね。
潮入の池。海水を引き入れ、潮の干潮を利用して池の趣を変える様式です。都内にある庭園では、
唯一現存する海水の池だということです。もちろん、“海水浴”は禁止です。
松の御茶屋。11代将軍の時に建てられ、昭和20年の戦災で焼失しましたが、3年ほど前に復元され
たものです。
潮入の池に浮かぶ「小の字島」。
中島の御茶屋。1707年に建てられたものを昭和58年に復元したそうです。
東京湾側の土塁。
横堀。
庚申堂鴨場。鴨場とは、野生の鴨などの水鳥を遊猟するための場所で、全国でもここを含めて5か所
しか残っていないという、非常に貴重な遺構です。
写真は「小覗」というもので、ここから隠れて、この先にある池から引堀に鳥が入ってくるのを監視する
んだそうです。
これが引堀です。
この先に、庚申堂鴨場の池があるんです。
水門。昔からここで、海水の出入りを調整しています。すごい技術ですね。江戸時代に。
樋の口山。ここも東京湾側の土塁、ということになります。かなりの高さです。
将軍お上がり場。
灯台跡。城址の櫓台跡みたいですね。
内堀。これもまた、城址そのものの構造ですね。
御亭山。ここから、潮入の池や御茶屋を見下ろせます。
大手門付近の内堀の写真を3枚。
ちょうど紅葉も見頃と言うことで、多くの方が来てました。例のごとく、かの国の方々も大勢いました。
新橋駅から徒歩約10分の場所に、こんなに素晴らしい景観の、しかも城址的構造の庭園があった
とは。浜離宮の存在はもちろん知ってましたが、訪れたのは(おそらく)初めて。
これなら、何度来ても飽きないかもしれませんね。ちなみに、入園料は大人300円です。
ここは、いわゆる大名庭園というやつで、元々は将軍徳川家の鷹狩場だったこの地に、1654年、
四代将軍家綱の弟で、甲斐国府中藩主の松平綱重が、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を
建てたそうです。
綱重は35歳の若さで兄より先に亡くなったそうですが、その後綱重の子、綱豊(家宣)が六代将軍と
なったのを契機に将軍家の別邸となり、「浜御殿」と呼ばれるようになったそうです。
以後、将軍家によって度々改修され、11代将軍家斉の時代のほぼ現在と同じ姿の庭園が完成しました。
庭園とはいえ、江戸城の出城としての役割も兼ね備えていて、行ってみると確かに、今も都内に点在する
大名庭園とは異なり、かなり、城塞に近い構造になっていました。
まずは、新橋駅方面から来ると、ここに出ます。築地川に架かる大手門橋から、浜離宮の北側を。
これを見ただけで、庭園というより、城の堀と石垣、と思いますよね。
大手門の石垣。これも立派です。かつては枡形の門でしたが、石垣の一部が撤去されたそうです。
延遼館跡。
中の御門跡。かつてはここにも石垣による門と橋がありましたが、橋は関東大震災でなくなり、石垣
は昭和2年に撤去されてしまったそうです。
園内ではあちらこちらで、水を通す小さな「堀」と「石垣」が見られます。
潮入の池の周囲の土塁。いやぁ、城址っぽいですね。
潮入の池。海水を引き入れ、潮の干潮を利用して池の趣を変える様式です。都内にある庭園では、
唯一現存する海水の池だということです。もちろん、“海水浴”は禁止です。
松の御茶屋。11代将軍の時に建てられ、昭和20年の戦災で焼失しましたが、3年ほど前に復元され
たものです。
潮入の池に浮かぶ「小の字島」。
中島の御茶屋。1707年に建てられたものを昭和58年に復元したそうです。
東京湾側の土塁。
横堀。
庚申堂鴨場。鴨場とは、野生の鴨などの水鳥を遊猟するための場所で、全国でもここを含めて5か所
しか残っていないという、非常に貴重な遺構です。
写真は「小覗」というもので、ここから隠れて、この先にある池から引堀に鳥が入ってくるのを監視する
んだそうです。
これが引堀です。
この先に、庚申堂鴨場の池があるんです。
水門。昔からここで、海水の出入りを調整しています。すごい技術ですね。江戸時代に。
樋の口山。ここも東京湾側の土塁、ということになります。かなりの高さです。
将軍お上がり場。
灯台跡。城址の櫓台跡みたいですね。
内堀。これもまた、城址そのものの構造ですね。
御亭山。ここから、潮入の池や御茶屋を見下ろせます。
大手門付近の内堀の写真を3枚。
ちょうど紅葉も見頃と言うことで、多くの方が来てました。例のごとく、かの国の方々も大勢いました。
新橋駅から徒歩約10分の場所に、こんなに素晴らしい景観の、しかも城址的構造の庭園があった
とは。浜離宮の存在はもちろん知ってましたが、訪れたのは(おそらく)初めて。
これなら、何度来ても飽きないかもしれませんね。ちなみに、入園料は大人300円です。
ここは1回しか行った事がありませんが、あらためてよい庭園であることがわかりました。
by takenoko (2013-12-07 08:17)
それがしも存在は知ってましたが、行ったことないです。庭園としても、お城としても素晴らしいですね。
by ノリパ (2013-12-07 14:35)
何かの展示会の折り、この横を通っていったのですが、
ただの庭園と思いきや、これほどの遺構が残っていたのですね。
寄り道して見ておけば良かったなあ。
by しおつ (2013-12-08 12:41)